失踪
葵夏葉
妻の墓参りに行こうと思う。それはちょうど今日が一年前の命日に当たるからである。
昼ごろ、弱った足腰を「よいしょ」と畳から持ち上げて、出掛けるのに必要な身なりを軽く整えた。ある程度の準備が終わったので、居間で掃除機を掛けていた志穂さんに「行ってくるから」とひと声掛けた。玄関の扉に手を掛けると、彼女は掃除を中断して「何時頃に帰りますか」と訊いた。私はそんな彼女に背を向けながら「夕方過ぎには帰るよ」と返す。心なしか私の声は低かった。それを聴くなり彼女はまた掃除を始めた。騒々しい掃除機の排気音が再び耳に触れる。
私は逃げるように家を出た。
外は思っていたよりも暗く、黒味を帯びた雲は街を広く覆っていた。
目的の場所まではバスに乗って三〇分ほど走った所にあるが、バス停自体は家からそれほど遠くはない。ゆっくり歩いても三分も掛からないだろう。
平日ということもあって人の姿はあまりなかった。会社勤めの人が多い区画としては当然だったが、最近は歩く機会が少なくなっていたために、このことを珍しく思った。かつてならば早朝に妻と二人で散歩する習慣があったが、いまではその影もない。久しぶりに歩いたような気がした。
そうこうしているうちに、そのバス停に着いた。
私はバスがやって来るまでの間、呆然と家々の屋根や街路樹の並木、それに被るような空模様を眺めていたが、ここ一年ほど見ていなかったこの景色を、実に懐かしいと思った。というのも、なにかにつけて妻と一緒に乗ることが常だった私にとって、自分ひとりだけでどこかに行くということがなかったからである。要するに、バスとはいまのいままで疎遠になっていたのである。
思えば、楽しい記憶ばかりだった。この街を抜けて遠く自分たちの知らない場所へと行くことができるのは嬉しかった。それは束の間とは言え歳を忘れられた。そうした一方で、窓の外を眺める妻の笑顔が忘れられない。未来に一切の不安などないような表情をして、「いま」を楽しんでいた。だが、残念なことに、妻に先立たれた私に残るものと言えば、思い出だけだ。その思い出もいつしか呆然としていく自分の姿に覆い隠されて、どこか虚しさだけが自分に影を落としてしまう。
私は、もう、ひとりだ。
予定時刻になるなりバスがやってきて私の前で停まった。私はこれにただ、乗りさえすればいい。
少しばかり不自由な足をあいた手で持ち上げながらバスに乗ると、乗客は心持ち疎らだった。そうして私は薄っぺらい整理券を握り取って車内を見渡した。左に二人、右の奥に三人の乗客が座っており、中には私を一瞥してきた人もいれば、こくりこくりと眠りこけている人もいた。自分は直ぐ右にある一人用の席に腰を落ち着けて、窓外の景色に目をやった。
いままでいた外はどこか暗く、昼間だというのに通りを歩く人の姿も少なかった。私は先ほどまでその中に身を置いてバスを待っていた。なにも疑問や違和感など抱くことなく、何度かそうしているように、ただ呆然と遠くの景色を眺めていた。あとになってみれば待つ人が私だけだったという事実も、バス停にいる際には一切考えることなく、ただ棒のようにぼんやりと立っていた。そのような自分の幻影が、朧気ながらも薄っすらと見えてくるような気がする。手には線香と二輪の花が入った白い袋。顔には疲労と倦怠が交じった黒い影。そんな自分を見て思うことと言ったら、惨めなことばかりだった。脆弱になった老体を庇う努力さえしなくなると、余計に身体は衰えていくばかりである。そんなときに考えたくもない今後のことがときどき薄っすらと脳裏に過ぎるのを、自分はわざと無視しているのであった。
陶酔感に似た妄想から私を覚めさせたのは、子供の玩具が発するような間抜けな高い音だった。それは車内の前から後ろまで通るようにして響いた。音源を探るように注意してみると、私が入ってきた自動ドアの付近から鳴っていることが分かった。
――私は一瞬、その音によって自分自身の存在が脅かされたような危機感を覚えた。突発的で痛々しい音が自分を責め立てているのではないかと疑い始めると、思わず私は乾いた身体を縮こませずにはいられなかった。そして俯き加減に車内の床をじっと見つめながら、直ぐ様何度も心の中で「大丈夫、大丈夫」と繰り返し呟いていた。つい頭の中では、それに被るように息子の妻――志穂さん――の姿が浮かんできた。彼女が私を影で蔑んでいたことを私はいまも覚えているのだ。
――――――――――――――
ある夜更け過ぎのことである。妻の葬式がなされた、いまから一年前の日。私はだいぶ気落ちしていて食欲もなく、昔から早寝早起きの習慣だった私も、そのときばかりは寝られずにいた。息子の俊哉と志穂さんは私が深夜に起きていたということを知らず、いつものように直ぐ寝てしまったと安易に考えていたのだろう。そのせいか、私が寝床から起き上がり、和室の障子を開けて、彼ら二人がいるリビングの前で聞き耳を立てていたなどということを、彼ら二人は知らないのだ。知らずに彼らはその日あった葬式の話をしていた。
「疲れたね、今日の葬式」と志穂さんはなにか飲み物を飲みながら話している風だった。
「ああ、まぁな」
俊哉は俯きながら話しているような小さな声でしゃべっていたので、当然悲しんでいるものだと自分は思った。それに聴く前からそうだと信じ込んでいた自分もいたために、私は扉を開けて自分もその会話に入ろうかと考えていた。しかし、次の言葉で私は絶句し、手を止めた。
「でもいなくなってくれて清々したわ」
「おいおい、そんなこと言うもンじゃないぞ」
「だって、アナタのお母さん、口うるさいンだもの。料理の味がどうとか、子供はまだなのとか、こっちにもいろいろ事情があるのに――」
「おふくろはそういう性格なンだし、言われてみれば当たり前なことじゃないか」
「なによ、アナタまで私を責めるの」
「そういうわけじゃないさ、でも、言われてみればってだけの話だ」
「まぁいいわ。幾らか死亡保険も下りるし、マイホームの夢も近づいてきたわ。あとはお義父さんが亡くなって下されば、私たちもそろそろいい家に住めるわよ」
「縁起の悪いことを言うなよな。一応、俺の父親だぜ?」
「なぁによ、アナタだってけっこう悪口を言っていたじゃない。最近ボケてきたから会話が面倒だの、介護はしないだの、言いたい放題じゃない」
「俺たち二人のためさ。お前には悪い話じゃないと思うけどな」
「そうね」と志穂さんは微笑みながら言ったようだった。
最初は妻が蔑まれていたが、よくよく最後まで聴いてみると自分もその一員だった。私は自分の存在がどんなに家庭の中で重みになっているかを考えながら、暗い廊下を歩いた。冷たく細い指で和室の障子を開閉し、小さな身体を縮めるようにして布団の中へと潜った。久々に寒さを感じた。初冬特有の、これから寒さが厳しくなる予感が胸を締めつける。それはリビングの間から吹いているような気がした。
いままで抱いていた妻への追悼の悲しみがそのまま別の不安となって、私を包み始めた。それは俊哉と志穂さんには迷惑を掛けてはいけないという想いと、自分という存在がたったひとり残されたかのような孤独であった。
――――――――――――――
しばらくすると、音は鳴り止んで自動ドアが閉まった。内心ホッとした。このときばかりは永久に鳴り止むことのない音のような気がしていたので、不安と焦燥がここでわずかに和らいだ。その音というのは、あとから考えてみれば大したことのないもので、バスの自動ドアが閉まるときの音だったのだ。しかし、そこに居合わせた私には決して自動ドアが閉まる音には聴こえなかった。妻の葬式から依然として自分を包んでいる孤独と行き場のない疎外感が私を怯えさせていたのだ。
そのうちバスはゆっくりと発車し始めた。バス全体が判然としない勇ましい力強さを持っている、と同時に、それによってバスは動かされていると感じ、自分にはない原動力の底知れない体力に憧れを抱いた。
バスは蛇のようにぐるぐると道を回った。狭い道なのだろう、バスは両側の民家を避けながら道を進んでいく。それは体の重心がずれるような感覚を覚えた。
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亡くなる前の妻は自分の病よりも花のことを気にして、口癖のように繰り返し「ダリアは大丈夫かしら」と呟いていた。
「きっと大丈夫だよ」と私が言っても「そうかしら、心配だわ」と返すばかりで解決しない。そればかりか、最期は病院のベッドでうわ言のようにもらすほどだった。
彼女がこれほどまでダリアに執着するのには理由がある。それはちょうど還暦を過ぎた夏の日だった。二人で久しぶりに東北へ旅行に出掛けたときのことである。駅から目的地へ移動するため、私たちは観光バスに乗っていた。私たちはよくこうして一緒に旅行することが多かったが、この日のことは、他のことを忘れても覚えている。そのとき、私たちは車内で他愛もない会話をやり取りしていたが、いつしかバスが信号機の前で停まると、妻は静かに呟いた。
「ねぇ、アナタ。あの家にダリアが咲いているわ」
窓の外に見える一軒の家屋の庭に、何十本かのダリアの花が咲いていた。それは色とりどりに飾られ、まるでダリアが笑っているような鮮やかさである。赤や黄、それにピンクやオレンジ、白や紫などが横一列に並べられている。それぞれ形はさまざまだが、どれもリング状に大きく円を描いている。その姿は非常に美しかった。
「どうしてあんなにキレイに咲くのかしら」
妻は窓際に手を添えながら、バスが動き出すまでの短い間、ダリアからずっと視線を離さなかった。それは夢見心地な、それでいてどこか期待を寄せる表情だった。彼女には、そのダリアがいままで知っていたダリアとは思えないほど、特別な花に見えたのである。
それから家に帰ってきたあとも、旅行の思い出と言わんばかりにダリアの花を調べ始めた。もとより庭いじりの好きな女性だったので、植物図鑑は彼女の愛読本として戸棚にきちんと置かれていた。それによると、ダリアは夏から秋にかけてからが見頃だということ、原産地がメキシコの高原であるダリアは暑さに弱いため、東北地方や北海道といった高冷地の方が色鮮やかな花が咲くということ、などが分かったらしい。その項目を読み上げた妻の瞳は、まるで少女のように無邪気な光を放っていた。それから間もなくして、彼女は家の庭にダリアの花を次々と植えていった。
ダリアの成長は早かった。ぐんぐんと伸びる茎は、あっという間に一メートルほどの支柱を越えてしまった。そして、晴れた日の早朝、初夏の香りが庭に命を撒いた。一番花が咲いたのだ。最初は本当に小さいものだったが、幾日か経つに連れて他のダリアも追うようにして咲き始めた。そよ風に揺れる何本かのダリアを見てみると、あの図鑑に書かれていた通り、花色の豊富な花だということが分かった。鮮明なコントラストが庭を飾る。私は妻に言った。
「キレイに咲いたね」
すると、妻は「そうですね。でも……」とダリアの花びらを触りながら、わずかに声を落とした。
当時としては一年ほど経った頃だろうか。ダリアを一生懸命に育て、じっくりと観察していた彼女は、ついに結果となるべき感想を口にした。
「やっぱり、寒い場所の方がいいのかしら……」
あのとき、観光バスの窓外から見つけたダリアの美しさを、彼女はずっと引きずっていたのであろう。
一口にダリアと言っても、細かく分類すれば種類が六百ほどにもなる花として図鑑には紹介されている。そのそれぞれを統一して育てるというのは決して容易なことではない。彼女の意志がそれほど堅くなかったのなら、私は直ぐにでも「やめた方がいいよ」と忠告することができただろう。けれども、それをさせなかったのは、彼女の献身的な愛情に他ならなかった。
――ダリアがたったひとつだけ咲かない色がある。それは青色。毎日、自分が見上げている空の色だ。どんなに願っても空の色には染まらないダリアは、どこかダリアを見つめる妻に似ていた。
彼女の思い出の中にダリアは懸命に咲き続けていたのだが、しかし、とうとう毎年枯れるダリアの花に釣られて彼女自身の身体も衰えていった。ダリアの花が十回ほど萎んだ冬の寒い日に、彼女の命も閉じてしまった。元来持っていた糖尿病の悪化である。彼女は、妻は、ダリアと共に生き、ダリアと共に死んだのだ。
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バスが停まっては一人降り、そうして次のバス停でも一人降りた。それを見送っているうちに、私はいつの間にか自分が一人になってしまったのではないかと思った。しかし、ゆっくりと振り返ってみると、まだ一人、男の乗客が座っていた。私と同じか、またはそれ以上の年を取ったご老人である。首が垂れているのは眠っているのであろう。バスが横揺れする度に反動で首が上下に動いている。それを見た私もいくばくか眠気を誘われたので、少しのあいだ静かに目を閉じることにした。
目を閉じていると、安らかな気持ちになっていく。
このままあの世に行けるのならいいなと思った。
そうして、いつの間にか、私は寝てしまった。
――とつぜん、男の声を聴いた。私は呆然とした心持ちのまま目を開ける。すると、自分の側に若い運転手が立っていた。
終点まで眠ってしまったのだろう。そう気付いた私は目を細めてバスの料金表を見てみたが、よく値段が見えない。自分の持っている整理券を運転手に見せると、六百円ですよ、と教えてくれた。しかし、あいにく五百円玉一枚しか持っていなかった。行き帰り二五〇円ずつを考えていた私は、これをどうしたものかと思念していたが、運転手も思うように事が運ばないために薄っすらと顔を濁し始めた。私はそれに動揺してお金を手元から落としてしまった。一枚しかなかった五百円玉が鋭い音を立てて床に落ちた。それは座席の下へと転がっていく。焦りが全身から噴き出した。思わず身を屈めようとするが、私よりも運転手の方が早かった。小さく屈んで座席の下を覗いていたようだが、見つからなかったようである。私は俯いていたが、運転手は顔を上げると柔らかな笑みを浮かべて「大丈夫ですから、どうぞ」と手の平で出口を指し示した。私は謝りながら運賃箱を見ていた。そんな私を見た彼はもう一度「大丈夫ですから、どうぞ」と繰り返した。
私がバスの外へ出ると、自動ドアはがしゃりと閉まり、バスはゆっくりと少し先のバス停まで徐行していった。
私はバスの後ろ姿を見つめながら、あの五百円玉はもう誰にも見つからないまま消えるのではないかと、そう思った。
私は目的地を見失い、ほの暗い街の中を当てもなく放浪した。
白い袋の中では線香と二輪のダリアが、かさかさと音を立てて揺れていた。