【雑記ノート】(おまけコーナーを作成中!)

2014年3月2日日曜日

『黄色い太陽と青い花』

『黄色い太陽と青い花』
                         葵夏葉





 むかしむかし、小さな川に架かる小さな橋のたもとに、一輪の青い花が咲いていました。
 彼女は自分の色に自信が持てず、暇さえあれば、あの空に浮かんでいる太陽のことを眺めていました。ただ、太陽はまぶしすぎるので、じかには見られませんから、遠目に見つめるのが彼女の日課でした。
 黄色に輝く太陽はどんな色にも染まらない断固たる強さを持ちながら、どんな色にも優しい温かさを感じさせてくれることを、彼女は十分に知っていましたから、いつか自分もそんな色になりたいと切に願っていたわけです。
 そんなとき、東の森から小妖精が陽気な歌を奏でながら橋の反対側まで飛んできました。
 この世界にはさまざまな妖精たちがいます。風の精、さらには豆の花、蜘蛛の巣、蛾の精、しいては辛子の種など個性豊かです。その中でもパックは下手な歌を口ずさむことで知られていました。
 気まぐれな彼は、たいてい箱のようなものを持っていたのです。
 ですから、周りの者たちは彼のことを「箱持ち妖精」と言い合い、親しみを込めて「パック」と呼ぶようになりました。
「ことわざ、入れ替え、おもしろことわざ、さてさて、今日は、猫に真珠、言わぬが鼻、ラッパの屁、さて、急ごう、急ごう、西の森の長老様がお待ちだ」
 今日もパックは両手に古びた箱を持ちながら、西の森へ向かっている最中でした。それを見た青い花は、妖精という種族は魔法が使えるのだということを思い出し、その魔法ならば、どんな願い事も叶うかもしれないと考えました。
「ねぇ、妖精さん」
「おっと、どうしましたか、青い花さん」
「わたしを、あの太陽さんのような色にしてくださらない」
 それを聴いたパックはしばらく考え込みながら「はぁ、それは簡単なことですが、元に戻れるとは限りませんよ」と忠告しました。
「ええ、それでもいいわ。お願い。わたしに魔法をかけてください」
「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」
 小妖精は持っていた箱を地面に置き、懐からステッキを取り出しました。
 それから、その杖を小さく円を描くように回しながら、先端部分をじっとしている青い花に向け、なにやら魔法を唱え始めます。
 すると、ステッキの先から少しずつ光がきらきらと放ち始め、次第に大きくなった光の塊がみるみるうちに青い花を包みました。まるであたりの空気が星の欠片に包まれたように神秘な雰囲気をふわふわと漂わせ、彼女を不思議な気分にさせました。
 そのまま彼女はじっとしていると、自分の体がだんだんと黄色くなっていくのを感じ、思わず「あ、」と声を上げて驚きました。
「これでいいですか」と何気なくパックが訊きますと「はい、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」と黄色い花はこうべを垂れました。
 彼は微笑み、地面に置いた箱を持ち直し、その黄緑色の羽を広げて鼻歌交じりに西の森へ飛び去りました。
 それからというもの、青い花は黄色い花になれたわけですが、まだ満足していませんでした。なぜなら、黄色い花には夢があったのです。
 黄色い花になれたということは、もしかすると、あの太陽が声をかけてくれるかもしれないと思い、どこか心がざわついていました。
 しかし、太陽は彼女に背を向けながら北風と世間話をするばかりでしたから、彼女は自分のことを一切気にしていないと思わざるを得ませんでした。
 太陽は専ら、ときどき野草を食べに来る鹿や川を自由に泳ぐカエルへ挨拶をしていましたが、それはいつものことでしたので、彼女はだんだんとじれったくなり、どうして自分に声をかけてくれないのかと不安を募らせていきました。
 そこへ、一匹の牝鹿が通りがかりました。
「こんにちは、黄色い花さん。どうしたのかしら、困った顔をして」
 西の森の住人である鹿は外を散歩している最中でした。
「こんにちは、鹿さん。実はとても困っています」
「あらあら、それなら、その理由をお聞かせしてもらえるかしら」
「はい。わたしは妖精さんに太陽さんの色にしてもらったのです」
「太陽さんの色に? だから、こんなにも素敵な色をしていたのね」
「はい。ですが、それでひとつ、鹿さんにお聞きしたいことがあるのです」
「ええ、どんなことでも質問してくれて構いませんわ」
「わたしは……太陽さんのように黄色いかしら」
「ええ、それはもう、見間違えるほどに、おふた方はそっくりよ」
「けれど、太陽さんはわたしに振り向いてくださらないの」
「大丈夫よ、黄色い花さん。アナタはこんなにもお綺麗よ」
「本当にそうでしょうか」
「ええ、もちろんだわ」
 黄色い花は少しだけ安心しました。
 牝鹿は近くに生えている木の葉の新芽を食べてから「あら、もうお昼時だわ。昼食の支度をしないと……では、失礼しますね、黄色い花さん。あまり考えすぎないことが大切だわよ」と言い残し、まだ年端もいかない子供がいるらしく西の森へ帰って行きました。




 次の日、黄色い花は思い切って自分から声をかけようと決心し、できるだけ身を乗り出して「あの……」と太陽に向き直りながら呼びかけました。
 そのとき、黄色い花は上目遣いをしていましたから、まぶしい光がじかに伝わり、太陽の姿を見ようとすればするほど、まぶたの裏がくらくらとしてしまい、思わず目をつぶってしまいそうになりました。
 けれども、それをなんとか我慢しながら見上げていますと「あれ、青い花さんですか。どこにいるのですか」と太陽が返事をくれました。黄色い花は即座に嬉しさでいっぱいになりましたが、どうやら太陽には自分の居場所がわからないようでしたから、彼女は一生懸命に「こちらです、太陽さん、わたしはアナタの下にいます」とできるだけ大きな声を出しながら答えました。
 しかし、太陽は一向に黄色い花を見つけられません。
「どこにいるのですか。私にはアナタの姿が見えないのです」
 次第に黄色い花も太陽の姿を見つめ続けるのが難しくなってきましたから、彼女はその場にうつむき、いろいろと原因を考えました。――例えば、彼女は、自分の姿が小さすぎて見えないのかもしれないと想像してみたり、青から黄色に色が変わったのだから、わたしだとわからないのかもしれないと考えを巡らせたりしました。
 ですが、太陽はどんなに小さなものでも見つけることができますし、どんなに小さな音でも聴き分けることができます。わからないはずがないのです。
 黄色い花は困ってしまいました。このままでは太陽と話すことができません。少しずつ彼女は悲しい気持ちに染まっていきました。このようなことになるくらいなら、はじめから黄色い花になろうと思わなければよかった、と彼女は後悔さえもし始めます。
 しかし、そのあと、黄色い花はハッとしたのです。
 もしかすると、太陽から照り付けるまぶしい陽の光は、その明るい黄色が原因となって、彼女の黄色を見えなくしているのではないでしょうか。
 それならば、納得がいきます。
 強い色は弱い色に覆い被さり、その姿も見えなくしてしまうのです。それは色の打ち消しとも言えました。
 しかし、それでは太陽と同じ色にした意味がありませんから、勇気をふり絞って話した苦労も水の泡となってしまいます。どうにか黄色い花は自分の姿を太陽に気付いてもらおうと、できる限り体を左右に動かしましたが、それも全く太陽に見えていないようでした。
「すみません、青い花さん。アナタがそこにいることは声でわかるのですが、見えないのです。――アナタには私が見えるのですか」
「いいえ、先ほどまでは、わたしにもはっきりと見えておりましたが、まぶたの裏側にお星様が浮かぶようになってからは直接、太陽さんを見ることができませんの。ですが、大丈夫です。アナタの姿が見えなくても、わたしの声が伝わっているだけで十分ですわ」
 黄色い花は悲しさをごまかすように、できるだけ気持ちを抑えて太陽に想いを伝えました。
「……そうですか。そういうことならば、私も安心しました。しかし、どうしたものでしょう……そう言えば、青い花さんは、なにか私に用事でもあったのですか」
「それは……えっと……アナタに……」
 それから黄色い花はしどろもどろになってしまい、自分がなにを言いたいのかわからなってしまいました。本当は太陽に自分の姿を見てもらいたかったのですから、それもいまでは叶いません。
 けっきょく、彼女は黙ってしまいました。
「もし、私でよければ、青い花さんになにがあったのか、教えてくれませんか」
 太陽は優しい声で訊きました。黄色い花は頬をほのかに赤く染めながら、自分が太陽に憧れていたこと、小妖精に太陽と同じ色にしてもらったことなどを話しました。
「なるほど。そんなことがあったのですね」
「はい、ですから、いまのわたしは青い花ではなく黄色い花になっているのです」
「アナタはそれに満足していますか」
「いいえ、まったく、アナタに見てもらえないのは悲しすぎます」
 と慌てて黄色い花は即座に答えました。
「私も青い花さんを見られないのは、つらいです。なにか解決策があれば、いいのですが……」
「……ええ、そうですね。でも、わたしは大丈夫ですから、安心してください……このまま一生、アナタに見られなくても、お話ができるだけで十分です……」
 言葉では大丈夫だと言っていても、声色から気落ちしているのが当然のように伝わるのですから太陽も安心できません。
「私がパックに頼んでみましょう」
「本当ですか」
「はい。いまよりもアナタが悲しまないように、魔法の解き方を教えてもらいましょう。彼ならば、明日の朝には、私の前を通るはずです。そのときに声をかけてみます」
 黄色い花は少しだけ安心しました。これ以上、太陽に心配や迷惑をかけたくありませんでしたから、彼女はいつもより元気よく声を出しました。
「ありがとうございます、太陽さん。これで元に戻れます。元に戻ったときには一日中、一緒にお話をしても構いませんか?」
「もちろんですとも」と彼は、ほほ笑みながら頷きました。
「きっとですよ」
「ええ。約束しましょう。それでは、また、そのときに」




 あたりは静かでした。
 黄色い花となってから二日目の夜がやってきたのです。
 川のせせらぎがさらさらと橋のたもとに伝わってきます。ほんの少しだけ夜風も吹いているようです。それ以外は特に変わった景色はありませんでした。
 それは黄色い花には意外だったのです。というのも、彼女は青から黄色に変わることができれば、自分の見ている世界も明るくなると信じて疑わなかったからです。
 けれども、実際は今日の出来事が尾を引いているせいであまり嬉しさを感じられませんでした。
 黄色い花にはとっては、いつもの夜よりも、不安を覚える夜だったのでしょう。ですから、彼女はしばらく起きていました。いつもなら決まって大地が眠りに就くのに合わせてまぶたを閉じているのですから、おかしな気分でした。
 橋の下を通る川には、白く美しい月の光が映っています。
 黄色い花は思いました。
 ――わたしよりも、太陽さんには、あのお月様のような存在が相応しいのだわ、と。
 そこへ、一匹の老いた雄のフクロウが通りがかりました。
「これは、これは、可憐なお嬢さん。こんな夜更けに、眠れないのですか」
 森の物知り博士とも呼ばれる彼は首を傾げます。
「ええ。お月様が白くて、お美しくて、それで眠れませんでした」
「ホォホォホォ、確かに月は色白ですな。だが、それだけが理由ではありますまい。さぁ、悩んでいることを打ち明けてごらん」
「わかるのですか」
「ええ、そりゃ、もう、お顔に書いてある。困っている、と」
「フクロウさん、わたしはどうしたらよいのでしょう」
「いまお嬢さんにできることはなんですかな?」
「いまは待つことしかできません」
「待つのは、とてもつらいことですな。けれども、想いは持ち続けてこそ叶うものだと、わしは思っておる」
「それなら、わたしは想い続ければいいのですか」
「夜空の星座たちに想いを告げたのなら、あとはゆっくり寝るだけですぞ。いまは寝ることが大切じゃ。明日のために」
「はい、フクロウさん。ありがとうございます。今日はゆっくり夢を見ることにします」
「ホォホォホォ、では、よい夢を」
 それからフクロウは「今夜はひ孫の初めての狩りでな、わしも一緒に出かけるのだよ」と言い残し、短い翼を大きく広げて「ホッホー、ホロッコホッホー」と鳴きながら暗闇の中へ飛んでいきました。




 翌朝のことです。
 あたりはもうずいぶんと明るくなり、小鳥もさえずり始めました。
 太陽は――と言いますと、パックが西の森から飛んでくるのを早朝から待っていました。
 しかし、とうのパックはまだ現れないようです。そもそも、気まぐれな小妖精と呼ばれている彼ですから、気分に任せて東と西の森を行き来しているのでしょう。
 太陽は昨日の自分の言葉を思い出していました。
 ――彼ならば、明日の朝には、私の前を通るはずです。そのときに声をかけてみます。
 実際、これは黄色い花に心配をかけたくないために言ったものでしたから、確証はありませんでした。
 ですが、太陽は昨日のうちに川を泳いでいるカエルにお願いをしていました。
「カエルさん、どうかよろしくお願いします」
「ゲロゲロ、そう言われましてもね――ゲロゲロ、西の森は遠いし、そしてなにより、ひと晩のうちにパックに知らせるのは、至難の業ですよ」
「ええ、ですから、ひと晩でなくとも大丈夫です。二日ほどかかっても問題ありません」
「それなら、おいらが行く必要はないんじゃないのか、ゲロゲロ」
「もし、パックが二日ではなく、三日以上も、ここを通らなかったのなら、青い花さんがかわいそうです」
「おいおい、おいらはかわいそうじゃないっていうのか、ゲロゲロ」
「そういうことではございません。カエルさん、アナタの泳ぎを見越してお願いしているのです。アナタはこの川の誰よりも泳ぐのが得意ではありませんか」
「……仕方ないなぁ。わかったよ」
 そう言うとカエルは前足と後ろ足を交互に動かしながら、上手に川を泳いでいきました。




 パックは西の森の中央に生えている大樹の葉の上で、ぐっすりと寝ていました。
 ちょうどそこは朝になったばかりのようです。
「おい、パック、太陽さんがお呼びだぞ」
 川の方からカエルが何度か呼びかけていました。
「え、なにか僕に用ですか?」とパックは眠たそうなまぶたをこすりながら訪ねました。
「用もなにも、さっきも言ったが、太陽さんが黄色い花さんにした魔法を解いて欲しいという話だよ」
「黄色い花さんに? ああ、青い花さんにかけた魔法のことだね」
「そうだ、そうだ、その魔法だ。要件は言ったからな、早く黄色い花さんのところに行ってくれ」
「ああ、わかったよ。ありがとう、カエルさん」
「うん、どういたしまして」
 カエルは言いたいことを言い終えると、泳いできた川を戻っていきます。
 パックもそれに遅れるようにして飛んでいきました。
 それを子供と一緒に寝ていた牝鹿が目を覚まして眺めていました。




 太陽は西の森から飛んでくるパックを見つけました。
「あ、パック、待っていましたよ」
「どうも遅くなりました、太陽さん。今日は羽根の調子が悪くて上手く飛べなかったのですよ、ええ、本当です。――それで、青い花、いえ、黄色い花さんはどちらにいらっしゃるのですか」
「こちらです。ひどく落ち込んでいると思いますから、できるだけ早く魔法を解いてください」
「その話なのですが、えっと、太陽さん、どうもそちらは勘違いしているようです」
「勘違い?」
「そうです。この魔法はかけることはできますが、かけ直すことはできないのです」
 太陽は思わず驚いてしまい「それはどういうことなのですか」と聞き返しました。
「魔法は便利なものですが、反対に不便なものでもあるということですよ、太陽さん。この魔法の効力がなくなるまで、黄色い花さんは黄色いままです」
「それはどのくらいの期間なのですか」
「そうですね――ざっと、百年くらいあとでしょうか」
 太陽は声が出ないほどに唖然としました。それほどの長い年月を黄色い花は耐えられないでしょう。しばらく太陽は黙ってしまいました。
「どうも、しょうがない話なのです。魔法というものは、こういうものですよ、太陽さん。ですから、黄色い花さんには早めにこのことをお伝えください」
「――もし、」と太陽は言いかけました。
「はい」
「もし、私に魔法をかけてくださいと頼んだら、君はお願いを聞いてくれますか」
「それは構いませんが、どのような魔法ですか」
「青い花さんにかけた魔法と同じものを頼みたいのです」
 これにはパックもびっくりしました。さすがに、そのようなお願いをされるとは思っていなかったからです。
「どうしてですか、どうして太陽さんがそのようなお願い事をされるのでしょうか。そもそも、黄色い花さんはそれで元に戻れなくなったのですよ」
「ええ、ですから、頼んでいるのです。これ以上、青い花さんの悲しむところは見たくないのです」
 しばらくパックは呆然と立ち尽くしていました。




「青い花さん、青い花さん」と黄色い花は太陽から声をかけられました。彼女はいつ太陽に話しかけてもらっても大丈夫なように待っていましたが、いざ話しかけられると緊張してしまいました。
「えっと……はい、太陽さん」
「青い花さん、とても残念なのですが、パックと話してみてわかりました。その魔法はいったんかけてしまうと元に戻れないようなのです」
「そんな……」
 黄色い花は落胆しました。こんなにも太陽が自分のために奮闘してくれたのにも関わらず、いつまでも黄色い花のままなのが悲しかったのです。
「――ですが」と太陽は言いかけ、しばらく黙りました。
「どうしたのですか、太陽さん」
「ですが、方法はあります」
 黄色い花は思わず驚きました。
「それはどういう方法なのですか」
 太陽は重い口を開きました。
「それは……私に魔法をかけてもらうことです」
「え、それは……」
「それなら、アナタのことも見つけることができます」
「ですが、そんなことをしたら、太陽さんは――」
「ええ、元の色を失うでしょう。ですが、昨日からアナタの悲しんでいる姿を見ていると、いても立ってもいられませんでした」
「太陽さん……」
 太陽の決意を黄色い花は自分が思っていた以上に知りました。こんなにも自分のことを思ってくれる人の想いを無駄にしてはいけないと、彼女は切に思いました。
「わかりました。太陽さん、お願いします」
 それから太陽は待たせておいたパックを呼びました。
「本当にやるのですか」とパックは確認しました。
「ええ、先ほども言った通り、私に青い花さんと同じ魔法をかけてください」
「本当にいいのですね」とパックは繰り返し注意深く訊きました。
「はい」
 パックは黄色い花をちらっと見てから太陽に言い直します。
「一度かけたら、もう元には戻れませんよ」
「わかっています」
 太陽は輪郭のはっきりとしない黄色い花の方を見つめました。
「では、魔法を行います」
 パックは以前、青い花にかけたときと同じようにステッキを小さく回してから、それを太陽に向けました。ステッキの先から出た光が太陽に触れると、まばたく間に太陽の橙色が失われて、次第に卵が割れたかのように空一面に青の色が染まりました。それはまるで海の中にいるような錯覚を黄色い花に与えたのです。
「太陽さん!」と黄色い花は心配そうに太陽に呼びかけます。そのあいだ、パックは納得するように頷いていました。
 とうの太陽が自分の色に驚いていますと、パックは淡々と説明をし始めました。
「この魔法の秘密をひとつ教えましょう。それはこの魔法をかけられたものは、そのものが憧れている色になるのです。太陽さん、アナタは青い色に憧れていたようですね」
 それを聴いて真っ先に口を開いたのは黄色い花でした。
「本当なのですか、太陽さん」
「ええ、本当です。アナタの色を見ていたら、いつの間にか私もその色になりたいと思っていました」
「では――」と彼女が言いかけると、パックが「お二人はお互いを想い合っていたわけですね」と陽気に羽根を翻して微笑しました。
「そういうことです、青い花さん」と太陽は黄色い花を見つめながら柔らかな笑みを浮かべます。
「見えているのですね」
「ええ、見えています。くっきりと……美しい黄色が見えています」
 しばらくのあいだ、二人は見つめ合っていましたから、パックが「これは……」と軽いため息をもらしました。これほどまでに二人の愛情が深いのならば、小妖精は入る隙間もありません。ですから、彼はそのまま無言のまま西の森へ帰るつもりでした。
「おい、パック、またなにかやらかしおったのか」
 そこへ、牝鹿を連れた西の森の大樹の精が現れました。
「長老様、どうして!」とパックは驚きます。
「牝鹿にな、教えてもらったのじゃよ。またなにか問題を起こしたのか、東西の森を結ぶ小妖精、パックよ」
「そ、それは――」
「また誰かの願いを無責任に叶えたのじゃな。困ったヤツじゃ」
 西の森の長老は頭を振りながら、呆れて物が言えないとばかりにため息まじりに呟きました。
「魔法は気まぐれに使うものではない、と前にも教えたじゃろ」
「はい、長老様、ですが、今回はお二人のために行ったのです」
 すると、西の森の長老は頭上に浮かぶ青い太陽と橋のたもとに咲いている黄色い花を見ました。
「なるほど、魔法の匂いがしておる。――では、おふた方がパックに魔法をかけてもらったものたちですな?」
「はい、そうです、西の森の長老様」と太陽が軽く頭を下げながら、はっきりと言いました。
「紳士には相違ないようじゃが、パックに魔法を使わせた理由を詳しく聴かせてもらおうとしよう。それによってはパックではなく、お前さんたちに言わなければならないことがあるかもしれん」
 荘厳な老樹の声はパックだけではなく、周囲の空気を重苦しいものへと変えました。
 太陽は緊張しながらも、いままでの経緯をていねいに話しました。
「……なるほど。では、黄色い花さん、いや、青い花さんが最初にパックに願いを叶えて欲しいと言ったのじゃな?」
「はい、その通りです、長老様。わたしが妖精さんにお願いしたのです」
「うむ……」
 西の森の長老は、白いヒゲの生えた顎のあたりを手でさすりながら、しばらく考え込んでいました。
 その沈黙を破ったのは牝鹿でした。
「よろしいではありませんか、長老様」
「ほぉ、どうして君がそのようなことを言うのじゃ」
「あたしにも、そのようなときがございましたわ。乙女の心は純粋無垢なものですよ。許してあげてはいかがでしょうか」
「うむ、しかし、このようなことがたびたび起こるようでは、決して安心はできないのじゃよ」
 二人の会話の中に、黄色い花は勇気を出して歩み寄りました。
「あの……わたしはもう大丈夫です。魔法はこれ以上、妖精さんにお願い致しませんし、それになにより、太陽さんに会えただけで十分に幸せでしたから、どうか太陽さんだけは許してあげてください」
 黄色い花の切な申し出は、その場の誰もが聴き入ってしまったほどです。
 それを聴いた牝鹿はもう一度、西の森の長老に頼みました。
「長老様、彼女は素敵なものをお持ちですわ。この想いを踏みにじってしまわれるのですか」
「……うむ。そうじゃの。そちらの太陽はどうじゃ、青い花と同じ想いか?」
「はい、もちろんです、長老様。私がこのように青い太陽になったことでその証明は果たされたと思います」
 西の森の長老は彼に確固たる意志を感じました。
 ですから、長老は「仕方ないのぉ……」ともらしながら、「パック、ちょっと来なさい」と小妖精を呼びました。
「はい、なんでしょう」
「お前が持っているその箱を開けなさい」
「よろしいのですか」
 パックは箱持ち妖精と呼ばれるほどに、いつも古びた箱を持っていました。実は、それはパックがこの世に生まれたときから、西の森の長老が与えたものだったのです。パック自身も、長老の「箱を開けてはならぬ」という申し付けを守っていましたから、いままで中身を知りませんでした。
「長老様、この箱にはなにが入っているのでしょうか」
「うむ。いままでお前には言わなかったが……とにかく、開けてみればわかる」
 パックは言われた通りに、箱のフタを開けました。
 すると、箱の中からたくさんの虹色の欠片が飛び出してきました。流れ星のように飛んでいくそれは、どこか光の粒にも見えます。
「長老様、こ、これは――」
「パックよ、それはお前さんがいままで叶えてきた願いの数じゃ」
「願いの数とはなんでしょうか」
「言葉の通りじゃよ。お前さんは気まぐれな妖精だが、親切だけは忘れない性格をしておる。いままで叶えてきた願いは、どれも同じような願いばかりだった。――ウサギが遠くにある人参を食べたいとか、カエルが上手に泳げるようになりたいとか、そのような願い事ばっかりだったろう。お前さんはわしが知らないと思っているかもしれんが、わしはなんでも知っておるぞ。わしが『あまり魔法を使うな』と言っても聞かなかったのは、誰かの親切のためじゃな? 生まれてから、ずいぶんと多くの願いを叶えてきたろう」
「はい」
「この箱はその願いを解き放つ役割があるのじゃよ」
「解き放つとは、どういうことですか」
「願いを戻すということ、ほれ、青い太陽と黄色い花を見てみぃ」
 長老とパックが話しているあいだ、箱の中身から止めどない虹色の光が飛び出していましたが、そのうちの二つの光が青い太陽と黄色い花の方へ飛んでいきました。
 すると、それぞれの光は二人を包み込み、みるみるうちに色を変えていきます。
 青い太陽は黄色い太陽へ、黄色い花は青い花へと姿を変えました。
 思わず二人は見合わせました。
「太陽さん」
「青い花さん」
 二人は以前のように、黄色に輝く太陽と一輪の青い花に戻ることができたのです。それを見たパックは陽気に歌を歌い始めました。
「嬉しさ、悲しさ、いっぱいにつめて、箱の中から虹の欠片――」
 それから、黄色い太陽と青い花はその日一日、いいえ、ずっと仲よく話し続けました。
「長老様」
「うむ、これからも、親切を忘れぬようにするのじゃぞ」
「はい」

 通りがかったフクロウは柔らかい笑みを浮かべました。

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